「求人票は出した。スカウトも送った。それでも機械学習エンジニアからの返信が、この1か月で2件だけ」
こういうとき、原因は求人票の文言ではないことが多いです。候補者が少ない市場で、給与も知名度も上回る相手と同じ土俵に立っているからです。
最初に決めるべきは、「誰を採るか」より「どこで戦わないか」です。
AI人材が足りないのはなぜか、数字で見る市場の前提
AI人材の不足は景気の波ではなく、構造として続く前提で採用計画を組むべきです。
経済産業省の試算では、中位シナリオで2030年に約12.4万人のAI人材が不足すると予測されています。さらに2040年には、AI・ロボット関連の人材で約340万人の不足が見込まれています。
この不足は「待てば緩む」ものではありません。採用しやすくなる日を待つ計画は勧めていません。
不足しているのは「4分類のどこ」か
経済産業省はAI人材を、AI研究者・AI開発者・AI事業企画・AI利用者の4つに分けています。特に足りないのは、研究者から事業企画までの高度人材です。
御社の求人は、新しいモデルを研究する人でしょうか。既存の生成AIを業務に当てはめて企画を回す人でしょうか。
- AI研究者 → 論文・アルゴリズム開発が中心。採用難度は最も高い
- AI開発者 → 機械学習エンジニア、データサイエンティストなど実装担当
- AI事業企画 → 現場の課題とAIをつなぐ役割。社内育成の余地が大きい
- AI利用者 → 生成AIを日常業務で使いこなす層。リスキリングで増やせる
求人票が「AIエンジニア募集」の一語で止まると、この4つが混ざります。混ざった求人には、誰も自分ごととして反応しません。
どちらで勝負しますか?
求人の数は増え、応募者の視線は分散している
AI開発関連のベンチャー・スタートアップの求人は5,000件超あります。候補者1人が、同時に何社もの選択肢を見ている状態です。
この競争のなかで返信率だけを上げようとすると、条件面の勝負に引きずられます。
今日できることとして、いまの求人票を4分類のどれか1つに絞って書き直してみてください。
給与競争で正面から勝てないスタートアップの現実
報酬だけで並びにいくと、採用できても資金繰りが先に折れます。
スタートアップの報酬水準は企業全体より2割高く、AI人材には全職種平均の1.6倍の資金を投じているという調査があります。最大年収3,000万円を提示するスタートアップも出てきました。
米国ではMIT卒の新卒ソフトウエアエンジニアが年俸22万ドル(約3,500万円)という例もあります。国内でもAI人材の年収は平均の1.5倍〜2倍に高騰しています。
この水準を見て「うちには無理だ」と感じたなら、その判断は正しい。
金額以外で比較される項目を把握する
候補者は年収だけを見ているわけではありません。研究機関やAI受託開発の経験がある人ほど、「入社後に何のデータを触れるか」を細かく聞いてきます。
| 比較される項目 | 大手・資金潤沢な企業 | 資金制約のあるスタートアップ |
|---|---|---|
| 提示年収 | 高い水準を出しやすい | 上限がある |
| 扱えるデータ | 量は多いが権限が分かれる | 自社データに最初から触れる |
| 意思決定の速さ | 稟議と承認が複数段 | 経営者と直接決められる |
| 裁量の範囲 | 担当領域が限定される | モデル選定から運用まで一気通貫 |
| ストックオプション | 付与の余地が小さい | 設計次第で交渉材料になる |
表の見方はひとつです。年収の行で負けるなら、残り4行のうち2行を具体的な言葉で示します。
「裁量があります」では伝わりません。「導入する生成AIのモデル選定を入社2か月目から任せます」まで書きます。
採用単価は「年収×手数料」だけではない
人材紹介の手数料に目が行きがちですが、実際の負担はそれだけではありません。スカウト媒体の月額費用、面接に出る経営者の時間、内定辞退が出たときの再着手の期間が積み上がります。
年収1,000万円のポジションを半年かけて採り、辞退されて振り出しに戻る。これは金額表ではほとんど見えません。
採用コストの試算に、経営者が面接に使う時間を入れていない会社は、実際の負担を半分以下で見積もっています。
今週の予定表を開いて、採用に使った時間を合計してみてください。それが本当のコストの一部です。
選考が遅れる会社から候補者は静かに消える
AI人材の採用で最も多い取りこぼしは、条件負けではなく連絡の遅れです。
専任不在で、経営者や事業責任者が合間に採用を回す会社が目立ちます。その結果、選考が遅れ、優秀な人材が離脱します。
複数社を並行で受けている候補者にとって、返信が3日空くことは「志望度が低い会社」という意味を持ちます。
返信、3日空いていませんか?
よくある遅延の発生地点
止まる場所は、だいたい決まっています。
- 書類選考 → 経営者が目を通すまで着手されない
- 面接日程の調整 → 候補者・面接官・会議室の3者往復で数日
- 面接後の評価共有 → 口頭のまま、次の面接官に伝わらない
- 内定条件の決定 → 給与レンジの社内合意が取れておらず保留
- オファー面談の設定 → 経営者の予定が2週間先まで埋まっている
どれも判断ではなく段取りの問題です。決裁の前段の作業が滞っています。
遅延を防ぐために先に決めておく3点
面接の質を上げる前に、決めておくと効く項目があります。
- 給与レンジの上限を、募集を出す前に経営陣で合意しておく
- 一次面接から内定提示までの日数を決め、カレンダーに枠を先取りする
- 候補者への連絡担当を1人に固定し、返信期限を営業日で決める
私たちの見立てでは、一次面接から内定提示まで2週間を超えると、他社の内定が先に出る確率が上がります。これは面接官の予定を後から探すやり方では守れません。
まずは来週分の面接枠を2コマ、カレンダーにブロックしてみてください。
採用代行(RPO)と外部の力をどう組み合わせるか
採用担当が2人以下の会社なら、判断以外の作業は外に出したほうが速く決まります。
採用代行(RPO)は、スカウト送信・日程連絡・応募者管理などの作業を外部に委託する仕組みです。要件定義や最終判断は社内に残し、往復の多い作業だけを切り出します。
知名度の低いスタートアップでも成果は出ています。東大発のAI×XRスタートアップでは、採用支援の開始から半年間で11名の採用に至った例があります。
この差は小さくありません。半年で11名という速度は、経営者が片手間で回す状態からは出にくい数字です。
社内に残す仕事、外に出す仕事
線引きを曖昧にしたまま依頼すると、「思っていたのと違う候補者ばかり来る」という結果になります。
| 社内に残す | 外部に出す |
|---|---|
| 求める人物像の言語化 | 候補者リストの作成・絞り込み |
| 技術面接と評価 | スカウト文の送信と返信管理 |
| 給与・処遇の決定 | 面接日程の調整と連絡 |
| 口説き(経営者による動機づけ) | 応募者データの入力・更新 |
外に出した業務でも、要件のすり合わせは週1回15分でも続けたほうがいい。丸投げにすると、候補者像のずれが3週間後にまとめて表面化します。
AI技術そのものを外部に頼る選択肢
人を採る前に、AI導入コンサルティングや受託開発を使って事業を先に進める手もあります。AI人材育成と開発支援を手がける企業には、2018年設立で2023年9月に東証グロース市場へ上場したAVILENのような例があります。
東京大学松尾研究室発のPolaris.AIは、大規模言語モデル技術を軸に受託開発・導入コンサルティング・人材育成支援を提供しています。採用支援の領域でも、LLM・AIエージェントを使ったサービスが出てきました。
2022年12月設立のCAPERは、採用要件の整理から候補者探索・関係構築までを一気通貫で支援するサービスを展開しています。外部に頼るときの確認点はひとつです。
成果物だけを受け取る契約にすると、社内にはノウハウが1行も残りません。開発の過程に自社のメンバーを1人入れる条件を、契約前に交渉しておきます。
今月中に、外に出せる作業を3つ書き出してみてください。
社内でAI人材を育てる、小規模でも回る進め方
外部採用だけで不足は埋まらないため、既存社員の育成を同時に走らせる会社が結果を出しています。
ただし現実として、社内でAI人材を育てる動きは先進企業に限られています。教育体制も教材も講師も整っていない会社が多いのです。
ここを「まず研修制度から」と始めると、半年経っても何も動かない。現場で効くのは、小さなテーマでPoC(概念実証:本格導入の前に小規模で試すこと)を回すやり方です。
最初のPoCテーマの選び方
いきなり主力事業に当てず、失敗しても業務が止まらない範囲から始めます。
- 週次で作っている集計レポートの下書きを生成AIに任せる
- 問い合わせメールの分類と一次返信案の作成を試す
- 求人原稿のたたき台を作らせ、人が手を入れる時間を測る
選ぶ基準は「毎週発生していて、担当者が面倒だと言っている業務」です。月1回の業務では、改善の効果も学びの回数も足りません。
誰に担当させるかで結果が変わる
外部研修を受けさせるだけでは、AI利用者は増えてもAI事業企画は育ちません。現場の課題とAIを結びつけるミッションを、名前を挙げて渡します。
たとえば「カスタマーサポートの返信時間を短くするために、生成AIで何ができるか3週間で検証して報告する」という形です。テーマ・期限・報告先の3つを決めると、リスキリングが業務として動き出します。
育成と採用をつなげる
PoCを2〜3件回した会社は、求人票の中身が変わります。「AIを活用します」ではなく「◯◯の業務で生成AIを運用中、次はモデルの精度改善を任せたい」と書けるからです。
候補者が知りたいのは、入社後に触れる課題の具体性です。ここが書けると、返信率は条件を変えなくても動きます。
今週の定例で、PoCのテーマを1つだけ決めてみてください。
人事の作業を減らさないと、採用も育成も進まない
採用と育成に手が回らない原因の多くは、人事の定型作業が週の時間を占めていることです。
スタートアップの人事は、入社手続き、勤怠の確認、給与データの受け渡し、応募者への連絡を1人か2人で抱えています。そこにAI人材の採用が乗ると、返信が3日遅れる状態が常態化します。
だからこそ、採用戦略を練る前にバックオフィス自動化を先に置く順番を、私たちは勧めています。
先に自動化すべき業務の見分け方
対象を選ぶ基準は3つです。毎週発生し、判断が要らず、転記が含まれている作業から手を付けます。
- 面接日程の調整 → 候補者・面接官・カレンダーの往復をツールで自動化
- 応募者情報の転記 → 媒体からATS(採用管理システム)への手入力をなくす
- 入社手続きの書類回収 → メール添付のやり取りをフォームに置き換える
- 勤怠データの集計 → 表計算ソフトへの月次コピーを連携で処理
この4つは、判断が要らないのに人の時間を細切れに奪います。1件5分でも、月200件なら約16時間です。
浮いた時間の使い道を先に決める
自動化で時間が空いても、使い道を決めていないと別の雑務で埋まります。これはもったいない。
空いた時間を「スカウト返信を24時間以内に行う」「候補者への面接後フィードバックを当日中に送る」といった、採用の速度に直結する業務に割り当てます。スカウト返信を当日中にできるかどうかは、辞退率に効いてきます。
DX推進を掲げながら人事が紙とメールで動いている状態だと、候補者にもその温度は伝わります。選考体験そのものが、会社の技術姿勢の説明になります。
当社では、人材業界向けのバックオフィス自動化を月額5万円から提供しています。自動化の対象は会社ごとに違うため、無料相談で現状の作業の洗い出しから始めてください。
まとめ
AI人材の不足は、2030年に約12.4万人という規模で続く前提です。報酬の勝負で正面から並ぶより、選考の速さと入社後に触れる課題の具体性で選ばれる側に回るほうが、資金制約のある会社には現実的でしょう。
今日やる順番は3つです。求人票を4分類のどれか1つに絞る → 一次面接から内定提示までを2週間以内に収める枠をカレンダーに取る → 日程調整と応募者情報の転記を自動化の候補に挙げる。
人事の手が空かないまま採用計画だけ立てても、返信は遅れ続けます。まずは今の人事業務のうち、どこに時間が消えているかを1週間だけ記録して、自動化できる作業がないか確認してみましょう。